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神の逆鱗に触れた王様風の男

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サッカー人生

国士舘大学で教員免許を一応取っておこう

サッカー選手になること以外考えていないが念のために

教育実習先は母校「日本大学藤沢高校」王様の過ごしていた学校だ

DONIの恩師 良い監督 喧嘩したけど

王様は神の裁きを受ける

それは教育実習一週目の日曜日

教育実習中も関東リーグは行われる

平日午前は先生をやる

午後はサッカー部で一緒に汗を流す

授業計画立てて、授業して、サッカーして、本当に忙しい

そして日曜日を迎えた

関東1部リーグ vs流通経済大学 @味フィ

この日、DONIは朽ちたのである。

最後の公式戦(後25分後くらいに断裂)

前十字靭帯断裂

なにそれと思う人の方が多いと思う

そんなワードDONIも聞いたことがない

専門的なのはいいから簡単に説明すると膝の中の靭帯の断裂で、サッカーを続けるには手術が必須で復帰まで6〜8ヶ月かかる大怪我だ。

元々ブログを書くことにした理由の1つだ

初めて受傷した時

症状が特殊で気になって仕方ない

何て調べればいいのかわからないし

教育実習中だったためすぐ診断してもらうことができずすごく不安だった

前十字靭帯の断裂診断が出てもネットにDONIが欲しいような情報はほとんどない

それで大学生や高校生で受傷してしまった時に復帰までの正しい道のりを示してみたいと考えることがあった

というか単純にDONIが欲しかった

また復帰までのリハビリのは別で書くから

話を戻して、受傷して足を引きずりながら病院に行き、後日MRI

病院では前十字靭帯断裂とは診断されない。

前十字靭帯記事で詳しく書こうと思うが、受傷してすぐは腫れがすごくてラックマン(前十字靭帯ワード)では確認が取れない

そんなわけでMRIを一週間後にと

自分ではわかる

何かがおかしい

めちゃくちゃ痛いし、階段の上り下りとかさまざまな部分で普段感じない感覚があるのだ

しかし残り2週間

あれが残っている

教育実習だ

今考えるとよくやっていたと思う

その時教えていたのは「ハードル走」「バスケ」「水泳」「ソフトボール」

「ソフトボール」はギリいける

ノックしてただけだから笑

けど準備体操の時、ラジオ体操をするんだけど、膝の屈曲とかジャンプとかできないから生徒に「なんで先生はしっかりやらないんですか」って言われて思いっきりぶん殴ってやった

もちろん冗談でなんとか教育実習を終えた

人生で1番きつい三週間だった

肉体的にも、精神的にも

大学4年の夏に全治6〜8ヶ月の怪我をすることが意味すること知ってるか?

7月14日にオペをして単純に8ヶ月経ったら、、、

そう3月。卒業式だ

そんなことは許されない

サッカー選手になる以外あり得ない

復帰時期は全員反対してきた。リハビリ見てくれた理学療法士の方も担当医も通っているジムのトレーナーもコーチ監督も、みんな反対してきた。

票を数えてみるとかなり部が悪い

投票はラスト1人

DONI』だ

DONIの票は700億人分だったからなんとか早期復帰+サッカー選手の道を歩むことを選択できた

だから就職活動はしていない

サッカーしかしたくない

それ以外やったことないんだもん

ずっと憧れてた職業

怪我で断念してたまるか

どうやったら早く復帰できるか、調べまくった、聞きまくった、やりまくった

ここら辺は前十字靭帯の記事で書く

そして4ヶ月で復帰

11月27日 途中交代で 復帰 7月14日〜11月27日 4ヶ月半 えぐっ)

ボロボロ、いつ再受傷するかわからない。そんな状態だが

DONIはサッカー選手にならなきゃいけない

使命感に狩られて無意識に全速前進していた

サッカーしかやってこなかったんだ

サッカーしかしたくない

サッカー選手になりたい

周りの選手が契約していく

取り残される

チームが活動している時水汲みとかの雑務をしながら自分のリハビリしてなんとか復帰

次は練習参加してなんとかして契約を、、、

Jはそんなに甘くなかった

強引な復帰だったため国士舘の指導者は皆手を貸してくれなかった

正しくは貸せない

国士はたくさんのパイプがある

練習参加なんて容易なはず

自分でもわかる7月にオペをして

8月、9月、10月とリハビリをして11月の練習参加で滑り込もうとしているなんてアホだし、まず本来のプレーができない、走れない、そんな選手を送り込んでしまったら国士舘としてのメンツを保てない

そんなのは知らない

サッカー選手になりたい

その感情だけで動いていたのでたくさん衝突した

毎日揉めたが止まらなかった

結局、大学の力は借りず、というか借りれず自分で動くことにした

DONIを小学校時代から見てくれていて力になってくれる元読売クラブ(現東京ヴェルディ)の選手だった『阿部 良則』という方と出会い、DONIは蹴活(就活ではない)を始める

阿部さんは人脈がすごく、DONI自身ある程度名前が売れてたおかげもあり、すぐ練習参加の話を持ってきてくれた

大宮(J2)、甲府(J2)、山形(J2)、藤枝(J3)、水戸(J2)、仙台(J2)、岩手(J3)、相模原(J3)

これは夏(怪我前)にいく予定だったチームで怪我で全て失ったが、もう一回と言って許可してくれたのが藤枝

また受傷されても困ると断られたり、もう取る選手は決めたと断られたり

ほとんどNO

ざけんな

同期諸岡の部屋にある家具に毎日日記を書いていたので国士舘の現役生はぜひ100近くあるタンスからDONI日記タンスを見つけて欲しい
字体でメンタリティもわかる書き方

とりあえず年内は藤枝があるからそれに向かって練習をこなす。

そして練習に参加。

結果はもちろん不合格。

というかJ3を舐めすぎている

後々藤枝(J3)の選手と話す機会もあって聞いてみると、

「お前全く体動いてなかったよ」と

当たり前だと思うがその時のDONIは気づかない

というか気付けない

これが追い込まれている人間の正しい感覚なのだから

本当に追い込まれている人間なんだよ

サッカー選手になれないなんて考えたことなかった王様がなれない路線まっしぐらなんだから

次は年明けの水戸(J2)

同期は引退している中、下の学年と一緒に春合宿をこなす(※春合宿は国士舘での名ワード 走りの期間)

参加→不合格→涙

参加→不合格→涙→酒→酒→酒→酒

参加→不合格→涙

何回も繰り返した(上記のチーム)

酒を後輩たちと飲み明かすこともあった

絡んできてるやつはあんまり好きじゃない後輩

溺れることもあった

年明け以降は同期はほとんどいない、J内定の選手はキャンプしてるし、就職した人たちは退寮しているし後輩しかいない中、とても仲良くしてくれたしずっと一緒にいたから今でも仲が良い奴が多い

同期は新人研修 (Jリーグ1年目の選手たちの研修) DONIは悲しかった

そして最後の練習参加

3月の下旬

Jはすでに開幕しているが1パーセントでもチャンスがあるのならと全力で掴みに行く

SC相模原

もちろん結果は不合格

3月が終わった

卒業した

みんな社会人1年目をスタートさせるのである

DONIも退寮して実家に戻る

家でニートだ

就活をしていなかったのでやることがないのだ

人生詰んだとはこのことなのか

寝る→起きる→食べる→テレビ見る→寝る

ニートは暇だな

けど就活しとけばよかったなんて思ったことないし、ニートのその時も思ってない

ここまで読んでくださりありがとうございます

次は王の帰還の記事です

面白かったらぜひ拡散の程よろしくお願いいたします

ではまた

皆さん知ってる選手探してみてください 名門っぷりがわかると思います

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